EX LIBRIS SIO

読書と料理と雑感。

【私の愛読書】『ケルトの神話』井村君江

私の好きな本をご紹介します。

◼️『ケルトの神話』井村君江(1983年/日本)

 f:id:ShioSato:20201218232857p:plain

目次

 

1. ファンタジーデトックス

 ふだん現実的すぎる職場で働いている反動で、余暇にはうんと非現実的な本を読むことが多い。

 現代日本を舞台にした小説はあまり読まない。特にヒロインが病気で死ぬ系の「泣ける話」はまず読まない。実際に病気と闘っている患者さんと日々接していると、そういう作り話はひどく浅薄なものに思えてくる。中途半端にリアルな物語は最も感情移入しにくい。ドキュメンタリーかファンタジーか、どちらか一方に思いきり振れているのがいい。

 その点、神話やおとぎ話は好きだ。生身の体では飛び越せない時空の壁を越えて、遠い世界へ連れていってくれるからだ。しかもそういう物語の方が、現実世界との利害関係がないだけにかえって世の中の実相をリアルに描写していたりして面白い。

 日常に疲れたときは、良質なファンタジーに触れるのがいい。

 

 2.  古代アイルランドの神話

 この本も、そういう理由で私が愛する本だ。

 井村君江著『ケルトの神話』。著者は比較文学者で、ケルト・ファンタジー文学研究家の肩書きも持っている。古代アイルランドの神話である「ケルト神話」をわかりやすく紹介した本で、構成は以下のようになっている。

 序章はケルト民族についての概説で、I〜Ⅳ章でケルト神話の主要なエピソードが紹介されている。内容が多岐にわたるため要約するのは難しいが、およその内容を備忘録としてまとめてみることにする。

 

3.  ケルト民族のふしぎ

 ケルト民族は謎の多い民族だ。印欧語族に属し、オーストリア北部に端を発して紀元前400年頃にヨーロッパ各地へ散ったという。ヨーロッパ大陸に広がった「大陸のケルト」と、アイルランドなどブリテン諸島に渡った「島のケルト」がいる。神職であるドゥルイド僧(ドルイド僧)たちが王族と同格の力を持っていた。祭祀を取り扱うだけでなく神話や騎士たちの武勇伝を伝えるのもドゥルイド僧の仕事であり、その中の一部の者がのちに吟遊詩人になったといわれている。

 

4. 「天地創造神話」のない神話

 ケルト神話には天地創造の物語がない。語り部であったドゥルイド僧たちは、物語を書き残すことを忌み嫌い口承で物語を伝えてきた。ケルト人自身が書き残した物語がないので、ケルト神話に元から天地創造神話がなかったのか、あったけれど失われてしまったのかは不明である。11世紀以降にキリスト教の修道士たちが採録した断片的な物語が、ケルト神話としてかろうじて現在に伝えられている。

 

5. ダーナ神族の神話

 ダーナ神族(トゥアハ・デ・ダナーン)は人間の前に地上に住んでいた種族である。金髪碧眼の美しい種族で、ミレー族アイルランド人の祖先とされる)との戦いに敗れて地上を去った。しかし地下や海に逃れて妖精となり、常若の国(チル・ナ・ノグ)という美しい国を造って楽しく暮らしているという。光の神ルー魔眼バロールなどの物語がある。

 

6. アルスター神話

 アルスター神話は、ダーナ神族が去ったあとミレー族が築いたとされる国、アルスターを舞台とする物語群を指す。紀元1世紀ごろの伝承と言われている。アルスター王に仕える赤枝の戦士団(レッドブランチ・チャンピオン)の騎士達が主な登場人物。その中核を成す「クーリーの牛争い」という戦記では、英雄ク・ホリン(クーフーリンが主人公として活躍する。ホメロスの『イーリアス』に似た英雄サーガで、英雄の武勲や勇ましい死を讃える物語が多い。

 

7. フィアナ神話

 フィアナ神話は、アルスター神話の時代から約300年後、エリン(アイルランドの古名)の王に仕えたフィアナ騎士団の騎士達を中心にした物語群を指す。騎士団長のフィン・マクール、その息子オシーン、孫のオスカー、騎士ディルムッドを中心人物とする。大らかで野性的なアルスター神話に比べると、フィアナ神話は繊細でロマンティックな物語が多い。アーサー王伝説との類似が随所に見られる。『トリスタンとイゾルデ』の原型のような物語もある。

 

8. さらに知りたい人へ

 表紙の絵にも注目したい。左上に双頭の蛇(竜?)が居て、躰は鱗ではなく結び目模様で覆われている。中央には斜め十字が描かれ、ラテン語らしき文字が書きこまれている。このカバー装画は、アイルランドで9世紀ごろ作られた聖書の手写本『ケルズの書』(世界で最も美しい本と呼ばれるアイルランドの国宝)に載っている絵だ。ケルト神話への導入に相応しい粋な演出と言えるだろう。

 また、ケルト神話についてより詳しく知りたい人は、著者が館長を務める「うつのみや妖精ミュージアム」のサイト内にある「妖精学データベース」へアクセスしてみるといい。かなり詳しい情報が得られるだろう。✳︎

www.fairy-link.net