EX LIBRIS SIO

読書と料理と雑感。

桜湯

 桜湯に格別の思い入れを抱いてしまうのは、あの馥郁たる香りのためだけではなく、薄紅の湯にひらく花弁の優美さのためだけでもなく、たぶんそれがふるまわれる日の晴れがましさのためでもあるのだろう。

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 だいぶ前の話だが、都内の某ホテルで行われた結婚式に参列したことがある。新郎側の親族として招かれたのだ。

 寡黙なエンジニアである新郎にしては意外なほど華やかな式場は、ピアニストである新婦の意向によるものだった。クラシック音楽関係者が多い新婦側の客の嗜好に合わせて、創業百余年の老舗ホテルが式場として選ばれていた。

 はたして式はすばらしいものだった。

 ヴァージンロードに降りそそぐステンドグラスの光。その中をぎこちなくも幸せそうに歩む二人。純白のウェディングドレスにカスケードブーケ。お約束の讃美歌『いつくしみ深き』も、声楽家である新婦の御母堂が歌えば、本物のミサのようにチャペルに響きわたるのだった。

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 式の直前、親族控室で桜湯がふるまわれた。桜の花の塩漬けに白湯を注いだ飲み物で、結納や婚礼の際にお茶の代わりに供されるものだ。おめでたい席でお茶を出すのは避けるべきという考えからである(お茶を濁す、茶化す、などの言葉を連想させるから)。

 それを別にしても、淡く桜色に染まった湯に八重の花びらがたゆたう様子は、なんとも優雅でうつくしい。祝宴の先触れとしてこれほどふさわしい飲み物もないだろう。

◼️桜湯(さくらゆ)

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◉材料(1人分)

  • 桜の花の塩漬け 1房
  • 塩抜き用のぬるま湯 大さじ3くらい
  • 白湯 カップ1杯分

◉作り方

  1. 桜の花の塩漬けを塩抜き用のぬるま湯につけて5分ほど置く。花の開きが悪ければ箸で開いて奥に入り込んだ塩も抜く。
  2. 塩を抜いた桜をカップに移し白湯を注ぐ。
  3. 1のぬるま湯を小さじ1杯ほど2のカップに入れて塩加減や色合いを調節する。

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 披露宴では新郎新婦によるピアノの連弾が行われた。プロのピアニストである新婦には及ばないにせよ、アマチュアのピアノ愛好家としては新郎の腕前もかなりのものだった。そもそも二人の交際はピアノを通して始まったのだ。

 J. S. バッハ『主よ、人の望みの喜びよ』。

 後になって新郎は「何ヶ所か弾き間違えた」と言って頭を掻いた。しかし新婦がカバーできる範囲であったようで、全体の調和の中では瑕瑾にもならなかったのだった。

 おりしも時は春。桜のピークは過ぎていたが所々に残花が散見される時期であった。

 桜湯の印象は、あの晴れがましい結婚式の記憶と分かちがたく結びついて私の胸に刻まれている。*

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